ほむ女の#女性相談所#DVシェルター#元ホームレス女子#貧困女子#生活保護女子...etc

女性相談所を県各所まわる日々を過ごしてました。今は生活保護を受給してます。

2018年女性相談所の旅~神奈川編①~#DVシェルターを巡るホームレス女子#伝説のCW#あなたの優しさを超えるCWはもういない

こんにちは!ほむ子です。お読みいただきありがとうございます。

今度は神奈川編です。前回をお読みになられてないかたは是非こちらから!

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homezho.hateblo.jp

 

前置きはこれくらいにしておいて、さっそく見ましょう!

ちなみに言いますが、全てほむ子の命に賭けて、真実です。

 

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神奈川県川崎市

「川崎」駅は、新宿から一番近い、神奈川県内の町であるがために選んだ町。

あまり期待してなかった・・。

期待をしていないということは、今日にでもホームレスになる可能性があるということ。

生きた心地がしなかった。

ゾンビみたいに歩いてたと思う。

服はきちんと洗ってある服を今日着たばかりだけど。

果たして、いつまでこの「清潔さ」を保てるのか・・

 

ホームレスは、日本縦断の旅で野宿など楽しんで行ってる人じゃない。

 

自発的に野宿などにトライする人と、強制的に野宿を選ばされる人。

私は後者。

どれだけしんどい事か、想像するだけで良いから想像してみてほしい。

私は、野宿なんか絶対したくないのに。

この「ホームレスが野宿を選ばざるを得ない」国は残酷だと思う。

 

警察だって守ってくれない。

私は警察でベンチに寝させてもらうような支援を望んでない。

最低限、シャワーと布団が欲しい。もちろん、ご飯だって食べたい。

 

私は、ホームレスになる前は、もっとこの国は住みやすくて(笑)

良い国だと思ってた。

 

今は全くそうは思えない・・・

日本の闇しか、私の目に映らなくなってしまった。

今もそうだけども。

 

川崎駅は思ってたよりも発展していて、というか、大阪の梅田を思わせるくらいの都会だった。

 

川崎駅の近くに市役所、区役所、図書館などがあるため。

一旦川崎のモールで身支度を整えてから、ちょっとだけ図書館に寄ってみた。

時間がまだ十分にあったのと、この先また何時間も役所で待たされるし。

あと、インターネットの目当てもあった。

 

川崎図書館は十分その役目を果たしてくれた!

数十分、インターネットで閲覧が出来て、もし川崎が駄目だったら、どこの県が保護してくれそうな県か、探したりもした。

 

ちなみにそれはどうやったら分かるかというと、女性相談所のHP(ホームページ)に、一言でも、「売春防止法」が書かれてある県。

売春防止法」を書いてある以上、野宿の恐れがある貧困女性、ホームレス女性を保護してくれやすいのでは無いかと思った。

 

それに、奈良の時にだって、HPに「売春防止法」の根拠が書いてあるのに、保護してくれないってどういう事ですか?!って訴えることもできる。だから・・

 

・・今なら分かる。大嘘であると。

茨城の女性相談所にだって、「売春防止法」の文言が書かれてあった。

のに、茨城の取手警察署で!

茨城の女性相談所に保護してもらうように電話してもらったら!

断られた!!!!

 

・・まあその話は追い追い、「茨城編」などで。。

 

まあでも、インターネットで検索して、短時間で多くの情報を得られたため、ちょっと余裕が生まれた。

もしここが駄目でも・・きっと茨城とかが保護してくれるよねって(大泣)

 

それと、川崎図書館では、本がもらえた!

図書館でたまにある、無料の本の寄贈。

2冊くらい貰った。地味に嬉しかった。

(実は私は独学で中国語を勉強したことがある。中国語の本で読めそうなものがあったので、ラッキーだと思った。)

 

あと、開館時間も長い。夜の7時まで開いてある。

ていうことは、女装を断られたとしても・・

ダッシュで帰ってきて、他の手段を検索できるかも知れない!

その安心感ももれなくゲットした。

 

川崎図書館を出て、市役所へと向かったのだけど。

市役所ではなく、生活保護は川崎区役所に向かうように言われて、すぐ近くなので全く苦なく向かえた。

 

川崎区役所の面談室は沢山あって、いいなと思えた。

自分は、「調書」を書く際にも個室を使わせてほしいというのと、それと人には絶対聞かれたくない話なので、なるべく他の人と離れた部屋が良いというわがままも言っていた。

ちゃんとその通りにしてくれた。

いかに、川崎区役所が優しいところか、分かる事だろう。

品川クソ区役所とは大違いww

 

面談室で、その伝説のCW(ケースワーカー)さんと出会う。

ここは簡単に、女性であるそのCWさんの呼び名を「大天使」CWと呼ぶことにする。

 

大天使CWは、私の強制的日本縦断の旅に非常に同情をしてくれた。

で、「絶対大丈夫だからね」とか「この先きっと良い事があるから」みたいな、天使的な励ましの言葉をもらって、泣きそうになった。

 

大天使の言う通り、時間は2,3時間はかかったけども、神奈川女装はちゃんと保護を決定してくれた。

心の底から息が抜けるような安堵感があった。

 

 

 

 

 

・・・本当にあの時、息が抜けすぎて死んでおけばよかったのに。

って思うほどに、この先過酷な旅は続く。

 

でも、この瞬間だけは本当にうれしかった。

元々美しい川崎の町が、更に輝きを増して、美しく見えた!

大天使と他の女性職員と、帰宅ラッシュで込み合う電車に乗り込む。

ガタンゴトンと、何とか座れた電車にて、話題に細心の注意を払いながら会話をしていたのを覚えている。

「ホームレス女性」であることと、「これから女装に向かう」ことを、周りの乗客にばれないように、本当に当たり障りのない話をしていた。お菓子の話とか。

 

で、駅に着き、保護施設へ向かった。

まさか、マンションだとは思わなかった!

勿論、嬉しい喜び!

 

とても綺麗なマンションで、自分が幸運すぎて泣きそうになった。

でも、一応保護施設であるので、ここからは「施設」と呼ぶことにする。

 

施設内で、女装の職員と、入所にあたっての説明を受けた。

大阪の土偶センターなんかより、遥かにマシなルールだった。

 

いわば、ルームシェアみたいなのを2人の女性でするみたい。

そんなの、前にシェアハウスにも住んだことのある私にとってはお茶の子さいさいだ。

 

お風呂の時間の制限も無いし!しかも施設内が超キレー✨

勿論、今まで向かった女性相談所の中で、ダントツの美しさであることは、断言できると思う。

 

女装職員「さてさて、説明はこれくらいにして・・」

ということで、部屋に案内された。

 

ちなみに、今からでも、5年住んでいいと言われたのなら、このクソ田舎県から飛んで行きたいほどに綺麗なマンションルーム。

 

・・・の、2部屋のうちの1つが私の部屋。

当然同居人がいて、職員に見守られながら挨拶はしておいた。

 

ほむ子「どうもこんばんわ」

だけしか言わない。

 

他人の生活などに干渉をしない。

女性相談所でも、普通のシェアハウス内にてでも、鉄則である。

 

部屋の中には、「たらい」のなかに歯ブラシと歯磨き粉、さらに「水筒」(100均一のおしゃれなやつ)があるのが、すごーく嬉しかった。

ちょっとしたプレゼントみたいで、心は華やぐ。

 

女装職員「お洋服見に行きましょうか」

ということで、服については特別な理由が無い限り「貸出オンリー」だそうで。

 

中古のお洋服、それと新品のパンツとブラつきキャミソール、ブラをもらった。

お洋服はとにかく腰までの長さで、透けないお洋服を当分貸してもらうことにした。

 

これには私のズボラ的考えがあるからなのだけども。

透けないお洋服なら、ブラの締め付けがきつくて、面倒な時も、ノーブラで居ることが出来る。バレないし、通り過ぎる人は全員女性か子どもだから。

まあ男性職員が居る時は走って逃げたり、隠れてたりした・・。

 

それと、腰までの長さ、ワンピースなどだったら、ズボンを履かなくても大丈夫。

私の部屋着はいつもこれなんだな。←どうでもいい。

 

それと、図書室と、洗濯部屋も見たけど、マーベラス

感嘆とするほどに綺麗で、漫画や雑誌もいっぱいあった!

とにかく、清潔さが!すごい!

 

その日は、生理がかぶっていた。

夜お風呂に入ってから寝たものの、早朝になって腹痛でお腹痛いのでシャワー使わせてもらえませんか?と言ったら快く了承してくれた。

 

・・マンションの部屋なのだから、当然部屋の中に浴槽もトイレもある。

で、タオルも生理でシャワーを使った際に新しいのを貸してもらった。

 

・・土偶のくそセンターに知らせたいわ💢

土偶センター=大阪府女性相談所のこと。

 

私は、「ここなら絶対大丈夫」だと、確信した。

ほむ子「とにかく、生活保護課の言う事を厳守しよう・・」

と心に誓った。

 

翌日は金曜日。この日、役所の大天使が来たような、来てないような気がするのだけども・・

勿論、私たちはスピーディーに行動していたと思う。

 

まさか、あんな結果になるなんて。

 

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以上です!いかがでしたか?

 

神奈川女装は、それまで見た女装よりも、で、今となっては6県の女装の施設をほむ子は知ってますが。ダントツで美しい施設でした。

 

・・・ここで、保護まできっちり守ってくれてたのなら。。。。。

私は助かったのに。

 

確かに私は生きてます。

生存しているから、このブログを今日、1月22日の午後4時半に書けています。

 

田舎の町で生活保護も無事に通り、シェアハウスに住んでいて、毎日お風呂に1時間は入って、テレビを見て、インターネットで求人情報を見たり、なんかお金になることないかなーと探したり。ご飯だって、パスタにオムライスに丼にと、好きに作ることが出来ます。紅茶だって、飲みまくり。インターネットで馬鹿みたいにYouTubeを見続けた日もあります。

 

でも、11か月の長すぎる女装の生活、それと数日間味わわされたホームレス状態のせいで・・

 

あの日、あの時に私の何かが死んでいるんです。

だから、私は、多分5年前の私と性格が変わっているし。

 

その、「死んでしまった」何かを元通りに生き返らせて、まるでホームレスであった事なんか忘れて、のほほんと生きることは・・。

 

もう二度と出来ないのだろうなと。

 

心の傷は、ナイフで出来た傷と違って、「治る」のが難しいんです。

深く深く心に刺さって。恐らく一生私は、この経験を忘れないでしょう。

で、この経験を思い出す度に、古傷はいつまで経ってもえぐられます。

 

自分より不幸な人が見たいがために、ではありませんが。

YouTubeで、確かに自分よりもっと不遇な境遇に陥らされた人々を見ました。

 

その中に、90歳近いおばあちゃんの証言がありました。

戦後に、「駅の子」だった過去を持つおばあちゃんです。

 

駅の子というのは、戦後に身寄りが無くなって、しかも日本国政府が孤児などの保護施設を整理することを後回しにしていた為、全く保護の当てを失ってしまった、気の毒な子どもたちが「駅」に集まって、そこを寝泊まりとしていた子どもたちのことです。

 

火垂るの墓」でも、主人公が駅にて餓死した映像があったと思います。

 

90歳のおばあちゃんは、餓死ギリギリで、何とか買えたサツマイモを隠れて食べる必要があったそうです。

 

おばあちゃんは90歳近くになっても、その、自分が「駅の子」であった過去を号泣して話されてました。

 

おばあちゃんが14歳の女子だった頃の話です。

 

いかに、「ホームレス状態」が人の心に深く深く傷つけられるのか、わかりますか。

 

何年、何十年経っても、この屈辱と苦痛は忘れることが出来ないのでしょうね。

おばあちゃんは、自分の夫にさえ、とうとうその過去の「駅の子」であった話をしなかったそうです。

 

ただの不遇な境遇、つまり、「スキーで転んで骨折した」とかの、ハプニングで起こった災難程度だったら、夫ですよ?話したと思います。

 

でも、「駅の子」であった辛い過去を話さなかった理由。

それは、「ホームレスであった」という、当然命にかかわるような、大変に苦しい境遇である上に、「身分の低い」状態であった、「恥ずべき身分であった」事を言いたくなかったのだろうなと、思いました。

 

日本は貴族社会かって思うほど、「身分」制度がある気がするんですよね。

武士、天皇、商人・・等々。

 

で、ほむ子は、見た目は周りの24歳女子と一緒なのに、「ホームレスだった過去がある」というと目の色が変わります。

 

今の生活保護の職員の対応を見ればわかります。

 

今居る地域の、生活保護課の女職員に、「よくバレずにシェアハウスに入居出来たね」といった発言を忘れはしません。

 

どう考えても、その文頭には「ホームレス女だったのを」が付くはずですし。

 

と、なると、彼女は私の事を低く見てる、ということになるわけです。

「自分みたいな貴い人物は、お前みたいな元ホームレス女みたいな卑しいのと違うんだぞ」ってね。

 

恐ろしいのが、それがとても自然に言われたことなんですよね。

心の底から意地の悪い女が、悪口をお前に言ってやるぞ!といったような気迫がなく、まるで空気を吸うかのように自然に言われました。

 

私も、あまりにも自然過ぎて、しばらく「侮辱」されたのが分かりませんでした。

・・・人間って、残酷だよね。

 

・・・はい!長くなりました!!(笑)

お読みいただきありがとうございました☆