ほむ女の#女性相談所#DVシェルター#元ホームレス女子#貧困女子#生活保護女子...etc

女性相談所を県各所まわる日々を過ごしてました。今は生活保護を受給してます。

2018年女性相談所の旅~大阪編①~#DVシェルターを巡るホームレス女子#民間シェルター

いよいよこの時がやってきました・・

こんにちは、ほむ子です。

恐らく長きにわたる、旅日記。

大阪編は重いです。そこだけ忠告します。

2017年10月から2018年4月末まで半年も(!)大阪府女装にお世話になってました。

実は二つのシェルターに行ってるんですよね。大阪では。

で、最後に大事件があるんですけども・・大泣

よし、書いちゃうぞ。

で、すいません。ここからは小説風に書かせてください。

自分でも、まさか本当に自分の身に起こったなんて信じられないような出来事なんですよね。

なので、ため口でぽつぽつと語ろうと思います。

目次も無しです。小説なので!←はあ?

主人公の名前は、「家村ほむ子」で。

それでは行きましょー!

 

♦♦♦

2017年10月。関西空港

荷物はアメリカのNYで貰った古着の入ったボストンとショルダーバッグ。

で、実はゆうちょ銀行に10万円近くのお金が振り込まれてあるのを知っている。

アメリカにいた2か月間、NYのバス停で服など入っていた荷物をうっかり忘れてきてしまい、それっきり無くなってしまったのだけども・・

実は、大阪の生活保護課に打ち切りを申し出る連絡が出来なかった。

家は無くとも、何も知らない市役所は10月分の生活費と家賃として10万円を振り込んでくれていたのだ。

お金があるだけ、心はちょっと明るい。

で、アメリカのホームレスシェルターから連絡を取ってもらっていたNPO団体・・

ここは2016年2月に一度お世話になっている所なのだけども。

本日から、そこで寝泊まりさせてもらうことになった。

NPO団体には、2016年2月以降も、新品のブラやパンツなど寄贈していた。

圧倒的に少なかったからW

そんな所に再度お世話になる気分はちょっと情けなかった。

相変わらず親切にしてくれた。

そこから、NPOの所在地の役所の生活保護課へ行き・・

女性相談所へ連絡され、女性相談所がシェルター設定することになった。

で、私は大変珍しい対応なのだそうなんだけども・・

そのままNPOのシェルターに居させてもらえることになった!

本当なら、このタイミングで公的シェルターに移されていたらしい。

この時ばかりは、今現在でも良かったなと思う。

地獄を見るのが長引いて、クリスマスに年末年始と、不幸な目に遭わずに済んだから。

女性相談所のCWは前回と同じ人。

むっちゃよく言えば新川優〇に似ている気がする。

くずした新川優〇みたいな。

なので、CWで新川さんを見ることがあると若干「・・・」となることがある。

複雑な心境というか。まあ悲しい思い出が思い起こされて悲しいんだよね。

なので、以降利便性を考慮して優亜CWと呼ぶことにする。

 

優亜CWは前回、たった2週間くらいしかCWになっていなかったので、正直それほど知っている人でも無かった。

まあでも、前回も賃貸を2か月で借りれたので、余裕綽々とは言わないまでも、優亜CWも私も、余裕があった。

ただ、1か月、2か月経っても・・家は借りられない。

私はパソコンも持っていたので(スマホは無い)

 一日20件、不動産に問い合わせたりした。

NPOのシェルターは比較的、外出が自由だった。それなのに。

 

・・でも、正直言って、賃貸を借りる気が薄れていたのは事実。

NYのホームレスシェルターで黒人の職員、入居者に苛め抜かれた思い出も心に大分傷を負っていたし・・

 

私の条件が、保証人は無し、生活保護上限内となると。

また前みたいな劣悪な家になってしまう。

気持ち悪いおっさんが上・隣・下に住んでいるような。

そこでまた契約期間があって、1年2年、そのオンボロアパートに住まないといけない。

それが少し耐えがたいくらいの苦痛だった。

なので、私はシェアハウスに狙いを打ったのだけども・・

シェアハウスは生活保護の人では入られないところが殆どで・・

シェアハウスも、決して誇張でなく、日本全国100軒を問い合わせたはず。

 

 だったら住み込みの仕事を探してみるか・・

でも、思い出すのはサービス残業、いじめなどの劣悪な環境・・

 

12月まで、「住み込み:賃貸(アパート、マンション):シェアハウス」を

「1:2:2」の割合で探していた。

 

12月の上旬にもなると、優亜CWはそれまで非常にきつい言い方で「早く賃貸決めろ」「引っ越しはまだか」と責めていたのを、諦めがついたのか・・

 

優亜CW「家村さん、いつ引っ越したいと思ってます?」

ほむ子「えっと・・私としては、1月の初めの方にでも・・気持ちとしては引っ越したいのですが・・」

優亜CW「1月の初旬って何日ですか」

ほむ子「あの・・まあ全く未定なんですけど・・まあ役所が開く日時くらいですかね」

 

と言うような話し合い。

その後、

優亜CW「クリスマスと年末年始も家探しましょうね!カフェは元旦でも空いてますよ!」などのお言葉を頂き、プレッシャーはしっかり与えられた。

 

元旦も律儀にネットで探した。日本全国で。

で、7件ほど、一軒家やアパートで私が借りれそうな狙いがある家が確かに見つかった。一つはバラック小屋なんじゃないかと思うような、ぼろ一軒家なんだけども、他でちゃんと綺麗なアパートもある。北海道だけど。

このころからずっと私は北海道に行きたいと思っていた。

賃貸が安いし、大阪から多分一番遠いから。

で、1月はその7軒あるわけだし、入居申込書など送る作業をすることにした。

その際、入居申込書を書く際に必要なのは「緊急連絡先」

私は、当たり前みたいにNPOの職員に緊急連絡先になってくれるよう頼んだ・・

だって前回なってくれたから・・

でも・・

断られてしまった。

理由は、前回のアパートの際、トラブルになったアパートの不動産屋からひつこく電話があったからだそう。

・・確かに私のせいだけども。

その後何度もお願いしたけど、首を縦に振ることは無かった。

このNPOのばあさんは、以前私があげた新品のメーク道具も、寄贈品なのにシェルターの入居者にあげずに事務所に放り込んでいたことが私にばれて、信頼が低くなったことがある。

正直嫌いになったのだけども・・

緊急連絡先が無い、それだけでここまで大変な目に遭うことになるとは到底思わなかった!

私は、いわば、11か月ものあいだ、この「緊急連絡先」だけで日本を漂流していたようなもんだからである!

2月7日。忘れもしない。

優亜CWから、「2月21日までに家の契約書を持ってこない限り、強制的にこちらが用意したアパートの入居を決定させる」

と言ったことを通告された。

期限は2週間。

確かに、10月中旬からシェルターに居る事を考えると、私は4か月居る事になるけど(笑)

でも、それだけ探してるのに見つからなかったのは・・

お金がないうえに、緊急連絡先もないから、今でも思う、大変厳しかっただろうなと。

お金は、優亜CWによって、10万円近くのお金を役所に返金させられた。

まあ当たり前なのだけども・・

今思うと、せめて10万円で自力でシェアハウスを契約し、その後生活保護を申請したら、私の人生変わっていたと思うんだよな。

お金はどっちみち返すのだから・・

 

で、優亜CWの用意したアパートというのは、女性専用アパートではあるものの、私の大嫌いな地域で、ぼろく、契約期間も1年。正直刑期としか思えなかった。

住んでるだけで鬱になって自殺したくなるような部屋。と思えた。私的には。

なので、絶対住みたくないので・・

無茶な要望なのだけども(だって4か月探して見つからないのに、2週間て)

絶対頑張ろうと思った!

 

さっそく私は、7件のうち、的を絞る家を選択した。

その当時知らなかったのだけども、賃貸はプロポーズみたいに、入居申込書は一つずつにしか提出出来ないと思っていた・・本当はいくらでも提出して良いらしい!

例え保証会社がOK出そうとも、入居を止めるのに損害賠償など請求は無いだとか。

で、私は札幌の賃貸に狙いを定めた。

女装のアパートより安い家賃で、女性専用のうえネット付き、家具家電までついている物件。

2016年の時に何もない家に住んで大変苦労した記憶が忘れられないため・・

絶対快適な家に住みたかった。

札幌は遠方の為、時間がかかるけど、2週間もあれば郵送も大丈夫でしょ、

と思っていた矢先だった・・

生理になってしまった・・

今回の生理は、ストレスからか、5日寝込んだ。

のたうち回った。痛みのあまり、叫んだりもした。

薬を飲んでも、こう。

やっと痛みが無くなった6日後も、血で外出の遠出が憚れる。

 

・・で結局どうなったかというと。

私は生理のせいで動けなかった、期限を5日伸ばしてほしいと優亜CWに言ったのだけども。却下されてしまい。

 

「女装のアパートに強制入居」が2月21日で決まった。

 

まるで、ぶっさいくで気持ち悪い男に嫁がないといけないような気分・・

1年の刑期を与えられたような気分・・

本当に最悪だったけども・・

何とか明るいイメージを持とうとしたけど、それさえも苦痛に思う始末。

 

で、そこからは役所に提出する家具什器、布団代などの請求をするのに2週間など待つ必要があると言われた。

で、結局女装アパートに引っ越す日は3月21日・・・

 

なんだそれ。

結局、あの期限である2月21日の日時より1か月経っている。

この1か月があれば、私は7軒のさー・・

自分の希望する家に住めたかも知れないじゃん・・怒

でも、仕方ない・・。。

 

3月21日。

役所から20万近くの初期費用等のお金を支給してもらった。

で、不動産やに渡して、鍵を受け取り、本来ならばその日中に転居なのだけども。

私は前日にガスの電話をするのを忘れたため、あと布団をアマゾンで買おうと思っていて、それが2日かかることが経験上分かっていたので・・

21日はいったん鍵は貰うけども、シェルターにあと2日滞在し、そこから引っ越しという流れになっていた。

 

なので、2日分のオムライスを作っていたりしたんだけども・・

 

21日、契約にはならなかった。

何故なら、どうしても女装のアパートに住めないと思って。

私から拒否した。住むのを。

理由はというと。

女装のアパートは女性専用と言ってたのに、男の入居人が平気で出入りしていたこと、管理会社の親父がまるで偉そうな物言いをしてきて、この調子だと騒音などで絶対トラブルになることが目に見えていたこと。

 

もう二度と劣悪なアパートに住みたくなかった。自分に刑期を課したくなかった。

保証人さえいれば、せめて緊急連絡先さえあれば、広い日本。

もっと、より良い条件の物件を借りられるのに。

 

で、優亜CWの態度が変わった。

「家村さん。じゃあ今すぐ・・20分でシェルターを出て行ってください。」

ぎょっとなる。だって、本来ならばあと2日居れるはずだったから。

「あのシェルターには居させませんので!別のシェルターに移動してもらいます!」

ちなみにこの会話は、契約を断られた不動産やの前で行われた。

何故関係のない不動産やの前で話し出すのか理解できなかった・・・。

 

まあどうでもいいけど・・2日分のオムライスが・・泣

 

20分、とは言われてたものの、40分はかかった。

荷物は段ボール10箱になった。

「減らせ」とは優亜CWに言われたけど・・

折角貰った古着、手放したくなかった。

服とて財産である!

タクシーには何とか全て乗り切った。

そして、着いたところが・・

 

公的シェルター、だった。

見た感じ、クリニックとか、障碍者のセンターみたいだと思った。

こじんまりとしている。

それもそのはず、ここは僅か6世帯しか入られない。

で、他の入居者から聞いたのだけども。

大阪で一番厳しい女性相談所だとか。

まあ噂だけどね。

でも確かに、その表現は頷ける。

入居者は被害者であっても、受刑者じゃないのに。

厳しいというか、意地悪いという表現がしっくりくるかな。

すべてはあの土偶の手の中で・・

 

初めて会った、土偶そっくりの職員が出てきて、そいつが施設長と聞いた。

NPOのシェルターだと民間だから、ハサミがいつでも好きな時に使えたのだけど・・

「ハサミをとりあげます」

などの宣誓書を書かされる時、NYの劣悪なホームレスシェルターを思い出して泣いてしまった。

結局は、日本もNYも同じなのか・・と。

しかも、お菓子も食品衛生上、部屋の持ち込みは禁止らしい。

これも、民間シェルターだったら自由に、好きなだけ食べられてたのに。

 

テンションが激落ちの私にとどめの一言。

優亜CW「あ、家村さんパソコンありますよね?部屋では使えませんので」

ほむ子「えっ!何でですか!?あれは別にネットや電話など使えませんよ!?」

優亜CW「そういう規則ですので」

この初日、見た施設のルールブックで見たのだけども・・

必要時にはスマートフォンの部屋所持が認められると書いてあった。

なので、すかさずパソコンを部屋で見せてもらうように頼んだのだけども・・

結局、私がこの土偶センター(ここの公的シェルターの事)を出るまで、パソコンは自由に使えなかった。外出時に認められただけ。

この外出時に認めるのだって、お話合いで数週間は取り上げられたまま。

で、外出の度にボロくなっていくMYパソ子・・

何かしたんじゃないかと思う。というのも・・

 

女性相談所は人の物に対する取扱い方が雑いと思う。

私のパソコンは、大阪府女装のせいで、枠がはずれたように思える。

どうせ雑に私の大切なパソ子を放り込んだりしたせいだと思う。

秋田の女装ではおもいっきりケータイを床に落とされて、蓋がはずれてしまった。

もしかしたら、使えなくなるかもしれないのに「あら、ごめんなさいね~」の態度。

幸い正面画面にひび割れなどは無かったけど、もし一つでも欠けていたのなら、死んでも損害賠償請求していたと思う!

 

女装よ、人の物を取り上げるのなら、弁償もあり得ることを意識して大切に扱ってくださいな・・

 

土偶センターの部屋はテンションドン下がりの私にとって、ちょっと気持ちが回復する位の綺麗な和室の部屋だった。で、後でDVDプレーヤーも持ってきてくれるそうで。

お風呂は40分、就寝は11時。

単身用の風呂は改装されてあり、きれいで使いやすいと思った・・

たまに髪の毛が目立ったのが気になったんだけども・・

それはびったれのラベンダー女のせいだと後で気づくことになる・・

土偶センターの初日は眠れなくて、深夜に隠し持っていたえんどう豆チップス2袋を音を噛み殺して食べた。ゴミ箱にもばれないように小さく折りたたんで捨てた。

 

部屋は綺麗だけど・・

自由とは遠く離れちゃったなー・・

これからどうなるんだろ・・

と思った初日だった。

♦♦♦

 

 以上です!

次は~大阪編②~

土偶センターの生活、そしてそこを追い出された酷い出来事を勇気を出して書こうと思います。

どうなることやら・・私・・(笑)

お読みいただきましてありがとうございました!